北京原人も背中が痛かったのだろうか。 今から3億5000年前、生物がこの地球上に誕生しました。それ以来、生物は地球の重力に、ある意味では守られ、またある意味ではそれと闘ってきたのです。この地球の重力をいかに克服するか、これは生物にとっても重要な問題でした。 一番手っ取り早い方法は、水中での生活でした。生物たちは浮力を使うことによって、重力から逃れ、背骨や筋肉を発達させてきたのです。魚類の背骨に彎曲が見られないのはそのためで、真っ直ぐになっています。 さらに、生物たちは陸上の生活を試みるように進化が進んでいきます。すると、足が発達しました。そして、爬虫類では、腹部が地上から離れるようになると、背骨は力学的構造に順応したアーチをつくり始めました。哺乳動物になると、腹部は完全に地上から離れ、四足で大きな身体を支えるために、四肢がますます発達していきます。骨格や筋肉も強化されました。背骨か4本の頑丈な足に支えられて、重力に対する負担も軽くなりましたが、頭をもたげるために頚部の筋肉を発達させていきます。その後、類人猿が出現し、人類へと進化していくのです。 さて、二本足で立ち上った人間ですが、その背骨の変遷を人間の一生の中で見ていくと、その進化の過程をうかがうことが出来ます。 生後、脊柱はC状のカーブを示しているだけです。それから3、4ヶ月に入り、寝返りや首をもたげる動作を始めると、頚部は前方凸のカーブを示してきます。おすわりができるころには、腰部にわずかながら前方凸のカーブができ始めます。生後1年後くらいして、立ち上る練習を繰り返しているうちに、腰の前方凸カーブが完成され、S字状の脊柱カーブ、つまり人間特有の背骨(大黒柱)ができあがります。しかし、まだ完成された形ではありません。 立ったり、歩いたり、人間としての動きが繰り返されているうちに、股関節や膝の関節も真っ直ぐになり、筋肉も立位を維持し、活動していけるように強化され、一人前の人間の姿が完成されるのです。つまり、上体を垂直にして立つ人間は、頚部と胸部と腰部に、交互に凹凸のカーブをつくり、力学的な負荷を軽減する構造になっているのです。 こうして、二本足で立つ人間の腰には、前方凸のカーブができるべくして出来あがったわけですが、ゴリラや類人猿、あの北京原人でさえ腰のカーブをつくり、脊椎起立筋群は歩くことによって強化されていきます。現代のように歩くことが少なくなると、こうした筋群は弱対化し、あるいは退化してしまうでしょう。文明の発展とは逆に、今度は腰や体の弱体化が進んでいくのです。腰痛はこうした必然性のもとにどんどん増え続けるに違いありません。 また、脊柱にかかってくる負荷や背骨の故障は、脊柱が末梢神経を脊髄から分枝しているため、即神経のトラブルにもなるのです。人間は立っていること自体、すでに骨格や筋肉に生理的な緊張を強いています。それに加えて社会環境や労働環境のストレス、老化という身体の退行性。 カイロプラクティックは、こうした諸々の悪因士と闘いながら、人間が立位になることによって生じたマイナスの側面に果敢に挑戦した、合理的で科学的な医療なのです。 文明の発展とは逆に、今度は腰や体の弱体化が進もうとしている。 直立二足歩行によって形成された脊柱のS字状カーブ。そしてそれを支える脊柱起立筋群は、歩くことによって次第に強化されていく。しかし、現代人のように歩くことが少なくなると、こうした筋群は弱体化してしまうことになる。皮肉にも、二足歩行によって生まれたとも言える文明が、その加速度的発展によって、今度は逆に人間としての機能を低下させようとしているのです。 |